ワインブームとワインの「誤解」 その1 ~日本のワインブーム~
- 2009年3月25日 16:11
☆~日本のワインブーム~
ワインをテーマにしたテレビドラマが終りました。ご覧になられた方も多いかと思いますが、視聴率はいまひとつ伸びなかったようで、ワインブームの再来を望んでいた関係者には残念な結果になってしまいました。ただ、正直なところ私は個人的にはこれでよかったのではないかと思っております。
しかしワインブームというのは、必ずしも明るい話題ばかりもたらしてくれるとは限りません。このコラムの第1回でもお話ししましたが、そのころのワインブームはボジョレー地区に大波を起こしました。波というのは寄せれば引くものです。大きな波なら引く力も大きなものになります。
ブームという現象によってワインは日本人の日常生活に浸透してきましたが、一方でブームは様々な「歪み」も引き起こしているのです。ボジョレーのような悲しい話題ばかりを取り上げたいのではありませんが、「歪み」についてひとつひとつ解明していくのも、私のような人間の使命であるように思います。
そうした「歪み」のひとつといえるものに「誤解」というのがあります。これまでワインブームはワインに関して様々な「誤解」を生んでいるのです。今回から何回かに分けて、このワインブームとワインの「誤解」についてお話ししていきたいと思いますが、まずはその前に日本で起きたワインブームそのものをざっと振り返ってみたいと思います。
★日本におけるワイン消費の黎明期
日本に最初にワインが紹介されたのは戦国時代にまでさかのぼることができますが、広く一般的な存在となったのはごく最近のこと。明治維新後にウイスキーなどとともに洋酒の1ジャンルとして広く売り出され始め、本格的に広まったのは戦後のことでした。
初めに消費者に紹介されたワインは甘味果実酒(※後述)やドイツワインなど、軽くて飲みやすい甘口タイプでした。人間というのは単純なもので、馴染みがなくても口当たりがよく甘いものを美味しいと思ってしまうもので、まずはこうしたワインから紹介されたのでした。
しかし慣れてくると、たとえ甘くなくても味わい深いものを美味しいと思うようになるものです。味覚が「大人になる」ということもこれに近いですね。こうして次第に辛口で本格的なワインも紹介されるようになっていきます。
※洋酒メーカーのサントリーは、明治時代から「赤玉ポートワイン」という商品をリリースしていましたが、本来のポルトガル産のポートワインではなく、スペインなどからの輸入ワインに甘味料を添加した、分類上は「甘味果実酒」と呼ぶべきものでした。いわゆる原産地呼称である「ポートワイン」の生産国ポルトガルからの抗議などで、1973年に名称の変更を余儀なくされたそうです。
★ 日本では辛口ワインは高級ワインから広められた
辛口ワインは、甘口のときとちがって軽くて飲みやすいタイプのものからではなく、重厚で、憧れを抱くような格付けの高い高級ワインや、有名人に好まれたなどのストーリー性のあるワインから紹介されていきました。味わいそのものよりまず情報としてわかりやすいという意味で受け入れられ、その後次第に味わい的にも美味しいと受け入れられるようになったのです。
今日でもワインには「特別な日に」というようなイメージや高級感みたいなものがありますが、そうした価値観はこの頃に形成されたといえるでしょう。またワインには「薀蓄(ウンチク)」がつき物のようにも思われていますが、これもその名残でしょう。ワインそのものが美味しいかどうかよりも、ワインの格付けやストーリーなどを語ることが「ワイン通」であるかのように思われてきたのです。
★日本人ソムリエ世界一、フレンチパラドックス、チリワイン&ボジョレー ヌーヴォー:日本での大ワインブームの到来
日本での本格的なワインブームは、1995年、当時銀座のホテルのソムリエでいらした田崎真也さんが日本で開かれた国際ソムリエコンクールで見事優勝されたことで火がつきました。少しずつ本格化し始めていたワインの売れ行きは、勢いを増していったのです。
この頃日本では食と健康の関連が大きな関心を呼んでいましたが、フランス人はコレステロールの多い食生活をしているにもかかわらず心筋梗塞などの循環器症が少ないという「フレンチパラドックス」が取り上げられ、大きな話題となりました。その理由としてワインを習慣的に飲んでいること、そして特に赤ワインに多く含まれるポリフェノールに効用があることが紹介されると、ワインは健康によいとして一躍注目を集め、ついに大ブームとなったのです。
そんな中、それまでのワインの高級イメージを打ち破るような、安くても美味しい南米チリ産のワインが注目されて、大ブームの一翼を担いました。また1998年、今度はその年のボジョレーヌーヴォーが「10年に一度の当たり年」と報道され、当時としては記録的な販売本数となりました。ボジョレー ヌーヴォーは飲み口の軽いワインであるため、それまでにも幾度かブームとなったことがありましたが、このときはブームを超えてフィーバー(熱狂)ともいえる状況にまでなったのです。
さらにはワイン専門誌ではない一般雑誌がワイン特集を組んで販売部数を大きく伸ばしたり、ソムリエをテーマにした漫画が登場し、その漫画がテレビでドラマ化されて大きな話題になったりと、いかにもブームらしい現象も起こり、ワインブームは社会現象となったのです。
★ワインブームはもういらない!?
その後も、21世紀を迎える2000年前後の祝賀ムードのシャンパーニュブーム、2000年、2003年、2005年といった(ボルドーの)超優良ヴィンテージ、アジアなどの新富裕層を巻き込んだ最近の好景気によるシャンパーニュ&高級ワインブームなど、いくつかのブームを経て、ワインは日本人の生活にかなり浸透してきました。
しかし、まだまだ日本人にとってワインは「外来」的で、完全には身近な存在になりきっていないと感じます。ビールがそうであるように、ワインももっと身近で当たり前の存在になることができるはずだと思うのです。しかしそうなるには、まだまだいくつかの障壁がありそうです。しかもその原因が、これまでワインを広めてきたはずのワインブームにあったように思えるのです。
そもそもお酒とは人生を豊かにするものです。たとえ今後大きなブームにならなくても、ワインは私たちの生活を豊かにしてくれるでしょう。いや、むしろ大きなブームはかえって「歪み」を生じる可能性をはらんでいるのですから、大きなブームにならないで少しずつ根を張っていけばよいのではないでしょうか。
日本ではワインはブームを経て一般化してきたので、ブーム自体をただやみくもに否定すべきだとは思いません。しかしボジョレーのように大ブームによって「歪み」が生じてしまっている事実を見逃してよいはずはありませんし、逆にブームによって生じた「誤解」などを解いていくことができれば、ワインはもっと身近な存在になるはずだと思うのです。
というわけで、次回からワインブームで生じた「誤解」を解くための話題をいくつか取り上げていきたいと思います。
筆者プロフィール
ペンネーム:You
フランス料理店にて修業の後、昨年まで都内大規模エンターテインメント施設でチーフ・ソムリエをつとめていました。田崎真也さんが世界ソムリエコンクールで優勝した年には既にソムリエ試験を受験していました(その年には合格しませんでしたが)ので、田崎さんが優勝したからソムリエ受験したというわけではありません(笑)。でも田崎さんの書かれた本やコラムには本当にお世話になりました。
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