ワインブームとワインの誤解:その14 ~酸化防止剤無添加ワイン③~
- 2010年5月24日 14:35
最近、コンビニやスーパーなどで「酸化防止剤無添加ワイン」という商品名のワインを良く見かけます。
前回はなぜ今「酸化防止剤無添加ワイン」なのか、ということについてお話ししました。最近のデータによれば、大手メーカーの「酸化防止剤無添加ワイン」の出荷状況はやはり順調で、中には前年比2倍以上の銘柄もありました。どうしてこうした状況になってしまっているのか、そしてそのようなネーミングにしなくても普通にワインが売れるような状況にするにはどうしたらよいのか、考えていきたいと思います。
★ワインはまだまだ敷居が高い
ワインは敷居が高い、という感覚と「酸化防止剤無添加ワイン」のブームには一見関連がないように思われるかもしれませんが、意外とそうでもないのです。
1998年ごろの赤ワインブームを経て日本人のワイン消費量はかなり増えましたが、それでも国民1人当たり年間2リットル弱と、ビールの50リットル前後に比べて大幅に少なく、ワイン後進国であるアメリカと比べても1/4程度にとどまっています。年間2リットル弱という量は平均的な数字ですから、日常的にワインを飲む消費者もいることを考えると、あまりワインを飲まない人が飲む機会は誕生日などのお祝い事とクリスマスのときぐらいと考えられます。あとはボジョレーヌーヴォーのときぐらいでしょうか。
ワインメーカー各社はこうした状況を「ワインはまだまだ敷居が高い存在」と分析しています。そうでなくても人口減少などによる市場の縮小が懸念される中、各社は新たな消費者獲得のために、赤ワインブーム以降の若い世代や主婦など、これまでワインをあまり飲んでこなかった消費者を取り込むマーケティングを積極的に行なっています。実は「酸化防止剤無添加ワイン」もこうした取り組みのひとつなのです。
前回、一般消費者が大手メーカー製の「酸化防止剤無添加ワイン」を手に取る理由をマーケティング的に分析しました。その中で挙げた
②「『酸化防止剤無添加ワイン』という商品名の『わかりやすさ』」
④「1本500円前後という『安さ』」
⑤スーパーマーケットなど日常的に買い物をするお店でも買えるという『買いやすさ』
の3つは、まさにこれまであまりワインを購買しなかった消費者にも手にしてもらえるように考えられたマーケティング戦略なのです。
この中で特に②ですが、前回指摘しました通り従来のワインの(名前の)分かりにくさを「逆手に取った」とも言うべき手法です。フランス革命以降本当の意味でワインが大衆化してからでも数世紀もたっているヨーロッパとちがい、日本ではまだほんの数十年というところですから、ワイン独特の「産地名」「ブドウ品種名」などのネーミングにまだまだなじみがなく、美味しいワインに「当たる」にはそうした名前を覚えなくてはならないという一種の強迫観念がワインを選ぶときに必ずつきまといます。これこそまさにワインの敷居の高さを象徴しているわけですが、「酸化防止剤無添加ワイン」というネーミングには、そうした状況から開放してくれる効果があるのはまちがいありません。まるで馴染みのない産地や品種の名前という壁に突き当たることなく気軽に手に取ることのできるこうしたワインは、これまでワインを自分で選んだことのない人ばかりでなく、自分で選んで「失敗」した人も再び手を伸ばす(まさに「溜飲を下げる」)可能性を秘めているのです。
★どうしたらワインの敷居を下げられるか
「酸化防止剤無添加ワイン」が売れなくなるのをただ望んでいるわけではありませんが、やはり普通のワインがもっと売れるようになってほしいものだと私は思っています。それにはやはりワインの敷居を下げる取り組みが必要となりそうですが、ではどうしたらよいのでしょうか。
マーケティング的分析で挙げた④の通り、ワインの敷居の高さに「価格」も影響しているのは否めませんが、私は価格が下がれば敷居が下がるというものではないと思っています。1998年ごろの赤ワインブームと前後して、フランスやイタリア産などよりも安いデイリーユースな価格(1本500円~1000円)のチリやスペイン産のワインが日本に入ってきてからもすでに10年以上たっていますし、一昨年のリーマンショック以降ボルドーやシャンパーニュといったフランスなどの高額ワインは軒並み売れ行きが鈍化した中でもチリやスペイン産ワインの売れ行きは好調なのは、あくまでも「パイの取り合い」でしかないようで、ワイン全体の消費量は赤ワインブーム以降暫減が続いている状況です。単価の安いワインの存在は、全体的な消費量や新しい消費者の増大にはつながっていないのです。
人類の歴史にワインが登場してすぐの四大文明の時代より数千年の長きにわたってワインは高貴な飲み物、神秘的な飲み物とされ、ビールなどよりも文化的社会的価値の高い存在でした。それゆえワインの敷居を下げるといっても簡単でないことは承知していますが、それにしても日本での敷居の高さはやや度が過ぎているように思います。これにはこのコラムの第1回「日本のワインブーム」でも取り上げた通り、日本にワインが紹介されてきた歴史的推移によるところが大きいでしょう。
そしてこのコラムの第2回「ワインの薀蓄」でもお話しましたが、ワインの敷居を下げるのに有効な手立ては、私たちのようなすでにワインに馴染んでいる者が率先して、ワインをあまり「特別なもの」として扱わないようにすることだと私は考えています。「温度管理をする」といったような取り扱い方に関して特別扱いをやめるという意味ではなく、例えば「ワインといえばまずロマネコンティや5大シャトーの話」をするといったような悪癖を止めるということです。
ワインの入門本などにもこのような導入があまりも多すぎます。そしてすぐにフランスのAOC法や格付けといった、普段飲みのワインを楽しむことにはあまり関係のない話が続くのですが、こうしたこともワインの敷居を上げている原因だと私は考えます。私が人にワインを教えるときには、こうした話は後回しにすることにしています。まず赤白ロゼやスパークリングといった種類の話、次いでラベルの読み方、ブドウ品種の話と続けることにしています。5大シャトーやロマネコンティなどの話はエピソード的にちょっとだけはさむ程度にするようにし、醸造のことばかりでなく農業との関わり、同じ品種のブドウから造られたワインでも産地や人(メーカー)が変われば味が変わることなどを話すようにしています。
一方、最近はこれまでワインを出してこなかった居酒屋などでもグラスワインを安く出す店が増えてきていて、敷居を下げることに一役買うものと期待しているのですが、出し方などにもう一工夫する必要があると感じる場合が多いのが実情です。安いワインを出せばよいというものではないと思うのです。具体的に申し上げにくいのですが、ワインのメニューへの載せ方などに「愛」を感じないというか、わかりにくい場合が多いのです。
お店としては「流行ってきているし、とりあえず載せておくか」という感じなのかもしれませんが、「高いワインじゃないんだし適当にやれば良い」というような扱われ方は「安かろう不味かろう」「高いワインじゃなければワインじゃない」というような風潮を助長する、つまりワインの敷居を下げることにならないばかりかむしろ上げかねないと思うのです。
「酸化防止剤無添加ワイン」のようなわかりやすさ、とっつきやすさが、こうした居酒屋のグラスワインのサービス方法にも求められるように思います。過剰な説明はかえってわかりにくくなりますが、「グラスワイン赤白」と書くだけではなくもう少し説明がほしいわけです。例えば辛口なのか甘口なのか、飲みやすいのか飲み応えがあるのか、どこの国のワインなのか、といったようなごく基本的な情報があれば注文するほうもそれ以上のことを尋ねることもないでしょう。
「酸化防止剤無添加ワイン」の話から少しそれてしまいましたが、要はまだまだ日本のワイン市場にはまだまだ可能性があり、「酸化防止剤無添加ワイン」のブーム的売れ行きはワインの「敷居の高さ」を逆手に取ったマーケティングの成功でもあるのだということです。
次回はどうして「酸化防止剤無添加ワイン」なのか、という命題を「機能系」という切り口から解いてみたいと思います。
筆者自己紹介
ペンネーム:You
プロフィール:フランス料理店にて修業の後、最近まで都内大規模エンターテインメント施設にてチーフ・ソムリエをつとめました。
10年ほど前のワインメニューやワインリストというものは、おまじないのようなワインの名前がお店によっては原語のみでひたすら並べられていて、ワインを勉強したものにしかわからないものであることが当たり前の状況でした。そのころ私が勤めていたお店では売り上げに占めるビールの割合がまだまだ多く、私はワインをもっと多くの方に楽しんでいただきたいと思ってリストに簡単なコメントを載せるようにしました。こうしたワインリストの作り方は今では当たり前のものとなってきましたが、その当時は「ソムリエのプライドを捨てる」かのような感覚があったことを良く覚えています。現在ではスクリューキャップの導入にもそのような空気がありますが、「ソムリエとは(ワインに関する作業をうやうやしくこなすのではなく)ワインを通じた良いサービスをする者」という当たり前のことを考えれば、わかりやすいワインリストの作り方、スクリューキャップにはスクリューキャップにふさわしいサービス法があると気づくはずです。
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