飲食店失敗の研究 第2回「お客が造った"俺達の店"」
- 2008年7月10日 14:31
場所は渋谷の某カフェバー。異業種の専門的な職業人が夜な夜な集まっては、情報交換をしたり人脈を拡げたりしている。
ネクタイをしている者は皆無。いわゆる「コンテンツ」系のライター、イラストレーター、IT技術者と、彼らの友人知人関係者。毎晩、狭い店内がさらに狭く感じるほどの盛況を呈していた。
そんなある日、誰からともなく、「自分たちの店を持とう」という話になった。どうせ毎晩のように飲んでいる。それが自分たちの店になれば、小金が溜まるかもしれないし、何よりも自分たちがもっと居心地が良くなる。アルバイトしたい友人も何人かいる。いい事づくめだ。
盛り上がるときには、幸運が続く。
パトロンになりそうな人が携帯電話で呼び出された。初対面で即決。店の投資資金を全額出してくれることに。 渋谷から程近く、カフェのメッカともいえる、東横線
内装デザインの先生も、紹介の紹介でみつかった。前衛的でカッコいいが、どこかゆったりと落ち着ける、そんなナチュラルな素材の内装が実現した。
こうして、「カフェバーB」の開業準備はトントン拍子で進んだ。
開店レセプションには、いかにも業界風の友人達が入れ替わり現れ、華やかな雰囲気に包まれた。
出資者の提案で、「経理面」「営業面」「運営面」の3部門で責任者が決った。
順風満帆の船出だった。
しかし、海に出てみると航海は順調とはいえなかった。
蓋を開けてみてわかったのは、オペレーションに問題があるというよりは何しろお客の数が少ないということだった。
「オープンしたら絶対行くぜ!」と、あの夜、渋谷で力説していた業界人たちは、確かに来店はしたけれど、常連客というには程遠い存在だった。
経理責任者は、営業責任者に問い質した。「お客の数が全然足りないよ。レセプションに来た人たちは、どうして通常営業日には来なくなっちゃうの?」
営業責任者が答える。「仕事が忙しいって言うんだよ」。
毎晩のように渋谷のカフェバーで呑んでいた連中が、「忙しい」と言うのは、明らかに口実だ。要するに、彼らにとってどこか居心地が悪かったのだ。
スポンサーが鷹揚だったのも災いした。初期投資の一環で、運転資金を数百万円も用意しておいてくれた。これを取り崩しているうちは、月次の赤字が出ても現場には危機感が薄かった。
1年が経過した。
経営を建て直すには、もはや時間が経ちすぎていた。中心メンバーには、開業したときの情熱が薄れていた。
3部門の責任者たちも、それぞれの本業にかける時間をどんどん増やしていった。店は総無責任体制になって行った。メンバーの単なる「溜まり場」になっていた。「大人の部室」だ。
スポンサーや経理責任者から営業責任者、運営責任者に電話しても通じる回数が減って行った。寄り合い所帯の問題点が一気に露呈した。
創業メンバーは、誰しも継続を望まなくなっていた。そこへ、新たに店をやりたいと言う若者が名乗り出た。店舗内装の譲渡が計画された。
しかし、「信用力がない」ということで、大家との面談すらさせてもらえず、管理会社に却下されてしまった。ピカピカの内装を全部壊して原状復帰しろと迫られた。
もう資金も尽き、スポンサーにも愛想を尽かされたB店は、内装を無償で大家に差し出すことで撤退した。
創業メンバーは、集団心理で盛り上がったあの夜を悔いた。自分たちの
友人達が、カネが絡むと冷酷な存在だということも思い知った。
スポンサーは、自分の「人を見る眼」の無さを思い知った。酒の勢いで、陶然とした雰囲気の中で「即断即決ごっこ」をした代償は、余りにも大きかった。
(杭杉能美子)
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