ワインブームとワインの誤解:その12 ~酸化防止剤無添加ワイン①~
- 2010年3月25日 10:40
最近コンビニやスーパーなどで「酸化防止剤無添加ワイン」を良く見かけます。特に国産の(国産ワインではありますが国産ブドウ使用ではない輸入原料使用の)低価格帯のワインに多いのですが、これだけ目にするようになるとブームと言われていなくてもそう言いたくなるほどです。
一方でワイン業界内では、一般的なワインには酸化防止剤である亜硫酸塩(化合物)が使われること、そして一定の範囲内で使用されている分には健康な人への影響がないことはほぼ常識であり、亜硫酸塩の使用、不使用に関しては語りつくされた感があることが否めないくらいの話題ですらあります。また「無添加」という言葉が明らかにマーケティング的に使われている、ということが4,5年前「ビオワイン」がちょっとしたブームになっていたとき既に指摘されていたことも記憶に新しいところです。正直なところ「今さら無添加?」と思ってしまいますし、これをお読みの方にも「ああ、無添加ね」と思われる方が少なからずいらっしゃるでしょう。
もちろん亜硫酸は、ぜんそくをお持ちの方などが反応してしまうことや一定量を超えて使用された場合の危険性は承知していますし、危険性があることに触れずに「昔から使われている」などとやみくもに安全性を唱える論調もいかがなものかとは思います。
しかし今、街のスーパーの酒類コーナーではまず目に入るのが「無添加」ワイン、というような状況です。なぜなのでしょうか。
というわけで今回から語りつくされたはずの「無添加」ワインについて、改めて取り上げてみたいと思います。
★「無添加」に関する消費者意識とマーケティング
酸化防止剤のみならず防腐剤や着色料、化学調味料といったいわゆる「食品添加物」が大多数の加工食品に使用されていることを知らない消費者は、今ではおそらくほとんどいないと言っていいでしょう。それでも、病気などの特別な事情でもなければ敢えて「無添加」の商品を選ぶわけでもなく購入しているのは、そうした添加物には使用量の制限や表示の義務などの厳しい規制があることを理解していることによる安心感からくるものと考えられます。
食品添加物にはさまざまなものがあり、ここではそれぞれの詳細について触れることは控えさせていただきますが、これまで多くの添加物が発がん性などの理由で使用が禁止されてきました。その推移の中で、食品添加物の取り扱いや表示法はますます厳しくなり食品の安全性に対する消費者の意識も高まってきました。たとえ100年以上も前から長く使われてきている化学合成によらない天然由来のものであっても、原材料に由来しないものであれば添加物(既存添加物)として扱うようになったことなど、食品添加物の扱われ方は非常に厳しいものがあります。
一方で添加物を使用しない「無添加」の商品をなんとなく安易に安全なものと考えてしまう風潮が生まれ、これがマーケティングにも利用されて商品名などにまで使用されるという事態にもなりました。食パンや味噌などのような日常消費食品に「無添加」と表示する、あるいは商品名にまでするものがいくつも現れたのです。しかし「無添加」であるというだけでは安全性に科学的根拠がなく、消費者に誤解や不安を広げるだけだとの指摘が出てきたり、「無添加」で作るために製造管理上のコストが余計にかかるなどの理由で高価になったりすることから、最近はそうした商品は減ってきているように見受けられます。
結果的には、全体として食品添加物は「できるだけ使わないほうが良い」という認識のうえで「使用する場合は使用量や表示を厳密に管理する」ということで落ち着いていると言えるでしょう。そして「無添加」が必ずしも「安全」「安心」を保障するものではないという認識も、ある程度定着してきたと言えるでしょう。
それなのにワインに関してはと言えば、消費者がもっとも手を伸ばしやすい低価格帯の商品、それも国内メーカーのものに限って商品名にまで「無添加」という文言が入ったものが目立つような状況です。いったいどうしてなのでしょうか。
★ワインに使われる酸化防止剤
なぜいま「無添加」ワインなのかということをお話しする前に、まず「無添加」ワインとはなにかを整理しておきましょう。
ワインに関して「無添加」とうたわれているのはそのほとんどが酸化防止剤についてです。酸化防止剤として広く使われているのは、亜硫酸ガスまたは亜硫酸塩(化合物)です。ほかに最近では食品などに使用されるソルビン酸も一部で使われるようになっていますが、まずは亜硫酸について少し詳しく触れておきましょう。
現代では亜硫酸はボンベなどに充填されたガス、または化合物の水溶液というかたちで利用されていますが、その使用が一般化した18世紀頃は「硫黄燻蒸(いおうくんじょう)」という方法で利用されていました。貯蔵、熟成する樽や桶などの容器の中で少量の硫黄の固まりを燃やすというもので、それによって発生するガス(亜硫酸ガス)が容器に付着している腐敗菌などを殺菌し、消毒するとともに、その後に充填されるワインに溶け込み、酸化防止剤(脱酸素材)として作用したのです。ただそのメカニズムの詳細は18世紀の時点ではまだ解明されておらず、「腐敗」という現象が細菌類によるものであるという科学的な発見以前から経験的に行なわれていたことになります。
また硫黄燻蒸のガスは刺激臭が強く多量の硫黄を燃やしすぎると容器に入れるワインにも強く臭いがうつってしまうため必要以上の硫黄を燃やすことは避けられましたが、逆に少量でも十分効果を発揮することもわかっていました。
この硫黄燻蒸法の普及により、それまで不安定であったワイン製造中の変敗が劇的に少なくなり、ワイン生産の安定化に大きく貢献しました。その後、ワインの瓶詰めの際にも使用することで瓶詰め後のワインの変質も防止できることがわかり、そのころガラス瓶とコルク栓が普及し始めたことも重なって、ワイン生産、流通は大きく近代化することとなりました。
科学の進歩とともに、これは「亜硫酸」の働きによること、殺菌作用などがあると同時に酸化防止効果もあること、ヒトの呼吸器を強く刺激し多量に使用すると人体に悪影響を及ぼすこともわかってきました。そのためワインなどで使われる量も厳しく制限されるようになり、日本などでは使用した場合の表示も義務付けられるようになりました。また日本の四日市ぜんそく公害などの原因物質でもあったのです。
ワイン製造工程の中で亜硫酸は近代化以前から長く使われてはきましたが、一方で使用量が多いと人体へ悪影響を及ぼすことからその使用が厳しく制限されるようにもなったのです。現代の食品添加物への規制強化、「無添加」志向の強まりを受けてワインに酸化防止剤として使用される亜硫酸についても同様な対応がなされるようになりました。
さらに言うと、少量で殺菌、消毒、酸化防止に大きな効果があり厳密に使用量を規制しているとはいえ、劇薬に近く公害などの原因物質でもある「亜硫酸」を少量でも食品に使用しているという危険性への危惧が、「無添加」志向を増大させることの大きな原動力となっているのは間違いありません。
★できたままのワインは酸化に弱い
しかし一方で、ワインはそのままでは酸化や変敗に非常に弱いことがワインの業界内ではある程度常識となっています。現代のような科学的な知識や技術のなかった300年以上も前の時代には、多くのワインは翌年の夏を過ぎると酸敗して美味しく飲めなくなってしまうものでした。
4、5年ぐらい前に「ビオワイン」がちょっとしたブームになったとき、いくつかのワインが「亜硫酸無添加」をうたっていたことをご記憶の方も多いかと思います。「亜硫酸塩を使用したワインは頭痛の原因になる」という今では科学的根拠がないといわれている話がまことしやかに語られ話題となりました。しかし「亜硫酸無添加」ワインの多くは亜硫酸使用ワインに比べて酸化熟成が過剰に進んでいて、よほど新しいものでない限り新鮮な果実味を失っていて価格に見合うような美味しさのワインではなくなってしまっていました。その結果ワイン業界内では、「ビオ」についての議論は別として、逆に「亜硫酸」を酸化防止剤として使用するのは必要なことだとかなり広く認識されるところとなったのです。実際、フランスの「自然派」の中でも最先端といえるビオディナミやビオロジックといった、農薬不使用や有機農法などを推進するワイナリーであっても瓶詰め前の亜硫酸添加だけは例外的に認められているのです。
ちなみに、現代では赤ワインに含まれるタンニンなどのポリフェノール類は抗酸化物質であることが知られており、タンニンが豊富な赤ワインなら酸化防止剤を使わなくても大丈夫なのではないかと思われる方がいらっしゃるかもしれません。しかしタンニンの抗酸化作用は亜硫酸のような酸化防止剤の代わりになるほど強力ではなく、しかもタンニンを豊富に含むワインは数年以上の長い時間をかけて熟成させないとタンニン自体の渋みで美味しく飲めない場合が多いため、酸化防止剤を使わないワインはタンニンがこなれて飲み頃を迎えるまえに結局ワインが酸敗してしまうのです。このため渋みの強い赤ワインは昔はあまりポピュラーな存在ではなかったのです。古い時代の赤ワインに関する逸話に、ラクリマクリスティやガメイ種の栽培禁止令といった軽くてチャーミングな果実味の、決して渋くはないワインに関する話題が意外に多いのは、そうしたためと考えられます。
「無添加」ワインのお話はまだまだ続きますが、長くなりますので今回はとりあえずここまでとします。
筆者自己紹介
ペンネーム:You
プロフィール:フランス料理店にて修業の後、最近まで都内大規模エンターテインメント施設にてチーフ・ソムリエをつとめました。
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