ワインブームとワインの誤解:その9 ~国産ワインの誤解 その2~
- 2009年12月22日 14:27
前回は「日本のワインが最近美味しくなってきた」というお話をしました。たとえ「以前は美味しくなかった」としてもいつまでも偏見のようにそう思っているのは決して良いことではないわけで、偏見をすてて美味しくなってきた国産ワインを素直に賞賛すべきだと自省している今日この頃、というお話でした。
しかしながら、国産ワインが美味しくないということを偏見のように思ってしまっていたのには少々訳があります。などと言い訳をするのはあまり良いことではないのでしょうが、もしかすると同様にお考えの方がいらっしゃるかと思いますし、またこれからワインを勉強される方に同じような偏見を持っていただきたくないという意味でも、きちんと取り上げたほうがよい話題だと思います。「ワインブームとワインの誤解」というテーマで、ワインの誤解を解いていくこのコラムにぴったりの話題だと思うのです。今回はその訳をお話ししていきましょう。
★国産ワインの現状:「国産ワイン」≠「国産ブドウ100%ワイン」
まず皆さんは「国産ワイン」は必ずしも「国産ブドウを100%使用してつくられたワイン」ではないという事実をご存知でしょうか。輸入果汁を使用しても日本国内で醸造されれば「国産ワイン」と表示できますし、これにさらに外国産ワインをブレンドしても「国産ワイン」と表示できるのです。2006年に改正されたラベル表示の「国産ワイン表示に関する基準」で以前より原料の産地表示が明確にされるようにはなったものの、依然として輸入原料から造られたワインを「国産」と呼べる状況です。他の主要ワイン生産国では考えられないそんな状況に、どうしてなってしまっているのでしょうか。
★食用ブドウと醸造用ブドウ
気候条件などの理由から最近までは日本の国産ブドウは食用とされてきました。食用ブドウは、単に甘いだけでなくみずみずしさ、つまり糖分だけでなく水分も豊かに含んでいることがよしとされ、また種や厚い皮はどちらかといえば邪魔な存在です。そうした食用ブドウは醸造には向かないのですが、その食用ブドウからワインを醸造せざるをない状況が日本にはあって、それが「国産ワイン」が美味しくない原因だったのです。それではまず醸造に向く良いブドウとはどのようなブドウでしょうか。
しっかりした味わいのワインをつくるには醗酵によって生成するアルコール分が重要で、その原料となる糖分は食用と同様ブドウに豊富に含まれることが求められます。一方ブドウに含まれる水分はそのままワインに移行しますが、多いと薄くて水っぽい味わいになってしまうため、水分は少ないほうが望ましいです。またワインにとって酸も重要な味わい成分ですが、酸は種子の周りに多く含まれるため種子は欠かせないものであり、食用の種無しブドウでは美味しいワインはつくれないことになります。また赤ワインの赤色の色素であるアントシアニンや渋みのもとであるタンニン、風味成分などは原料の黒ブドウの皮に由来しますが、厚い皮により豊富に含まれるため、皮は厚いことが望まれます。これらを総合するとブドウの実の粒が小さく皮が厚いほうが、果肉(果汁)に対して果皮や種の割合が多くなり水分は少なくなるので、ワイン醸造には良いのです。このように醸造用ブドウには、食用のようなみずみずしくて粒が大きく皮は薄くて種のないものとは正反対の要素が求められるのです。
★日本の気候とブドウ栽培、ワイン造りの実情
モンスーン(高温多湿)気候の影響下にある日本では果実の成熟期である夏から秋にかけて雨が多く降る傾向があり、木が水を吸い上げて果実にも水分が供給されるためみずみずしい食用ブドウづくりには向いているのですが、水分の少ない醸造用ブドウづくりにはあまり向いていません。そのために日本ではブドウが長く食用とされてきたのだと考えられます。明治時代以前に日本でワイン(葡萄酒)が造られたという記録はなく、やはり日本のブドウから美味しい葡萄酒は造れなかったのでしょう。米から作られる美味しいお酒が存在したことも、積極的に葡萄酒を造ろうとしなかった原因と考えられます。
明治以降の文明開化のなかで少しずつワインが嗜まれるようになり国内でもワインが造られるようにはなりましたが、品質の低い国産ワインはなかなか需要が伸びず、長らく醸造用にブドウを特化して栽培されるようにはなりませんでした。また大阪万博以降、本格的にワインが消費されるようになり国内でのワイン醸造も本格化してきてからでさえも、なかなか醸造用にブドウがつくられるようにはなりませんでした。
最近まで日本では「自作農主義」のもとに制定されていた農地法によって農業者、農業生産法人以外の農地の所有が制限されていたために、ワイナリーは基本的に農家や農協からブドウを買い付けなければなりませんでした。メーカーとしては原料に対してあまりコストをかけたくないため醸造用ブドウの買い取り価格を食用に比べて低く設定しがちなのですが、農家としては食用につくれば高く売ることができるわけで、高くは売れない醸造用ブドウを積極的につくろうとするはずがなかったのです。
そのため実際にメーカーが調達できたブドウの多くは食用の売れ残りやB級品で、そのため出来上がるワインはやはり水っぽい薄い味わいのものでした。こうしたワインをどうにか飲めるものに商品化するためにとられた措置というのが、外国産のワインや外国産のブドウ果汁から醸造したワインをブレンドして味わいを補強する、ということだったのです。そしてこの方法が現在まで続いているのです。
そうは言っても日本のワイナリーも醸造向けの良いブドウを入手できるよう努力をしてきました。農協や栽培農家に働きかけて醸造用にブドウを栽培してもらうよう契約したり、借地(畑)による自家栽培に取り組んだりしてきたのです。最近農地法が改正されて畑の自社所有が可能になったことを受け、今後は自家栽培が本格的に進められるようになるでしょう。また現在では研究が進み、醸造に向くブドウの栽培法(例えば、棚づくりではなく垣根づくり、あるいは棚づくりでも仕立てを一文字短梢にするなど)の変更や、畑の土壌を分析してより水はけの良い畑を選ぶなど、さまざまな取り組みが行われてきました。「良いワインは良いブドウから」と言われます。こうして次第に「日本のワインも美味しくなってきた」と評価されるようになってきたのです。
★輸入原料や食用ブドウからワインをつくることは止められない
しかしながら、100%国産ブドウからつくったワインはどうしてもコストが高くなってしまう一方、外国産ワインや外国産ブドウ果汁から醸造したワインをブレンドする製法はまずまずの品質でもコストを低く抑えられるため、特に大手メーカーは低価格帯のワイン製法として今でも続けています。低価格帯ワインの需要は増えつづけているためこの製法を止めることは事実上できない、というわけです。またどんなに醸造向けにつくられたブドウからワインをつくれるようになってきたといっても、とても需要の全てをまかないきれませんし、原料供給の安定化や高くなりがちな国産ブドウ100%ワインの価格を抑えるためにも、たとえ食用であってもあえて農協などから原料ブドウを安く購入するのをやめることもやはりできないようです。
★「国産ワイン表示」をもう一度見直すべきではないか。
私はこうした外国産原料ブレンドワインの存在を完全に否定したいと思っているわけではありませんし、そうした低価格帯商品が日本のワイン消費、文化の裾野を広げてきたことも承知しているつもりです。しかしながらこうしたワインを国産ブドウ100%ワインと一緒にして「国産ワイン」と表示できる現状にやはり違和感を覚えます。
こうした国産ワインの現状は書籍や漫画などで紹介され飲食業界内ではだいぶ知られてきていると思いますが、末端の消費者にはご存じないまま「国産ワイン」を純然たる「国産」だと思って飲んでいる方がまだまだ多いように思います。生産者側から言えば、しばらく続けられてきた慣習であり「(裏)ラベルに『輸入原料使用』などと表示しているのだから間違いはない」ということなのでしょうが、消費者の立場で考えるとやはり簡単には納得しがたい事態だと思うのです。
少し前に頻発した中国産食材などの安全性に関する問題から食品全般の「国産」品への関心が高まっているなかでも「国産ワイン」は注目されつつあるようですが、たとえ安全性に問題はないとしても純然たる国産原料で作られていないワインが「国産ワイン」として納得して受け入れられるとは到底思えないのです。
そんな中、国内のワインコンクールでは「国産ブドウ100%使用」のワインを対象とすることをわざわざ打ち出したり、大手メーカーでは一部のブランドの輸入原料使用中止を宣言したりするなど、国産ブドウだけでつくったワインを特別扱いする風潮をつくり出し、国産ワインの低いイメージを払拭しようとしています。しかしこうした動きは国産ワインのイメージ向上を目指してはいても問題の根本的な解決とはいえません。やはり「国産ワイン」表示について抜本的な改正が必要なのではないかと感じます。国産ブドウだけでつくられたワインだけを「国産ワイン」と表示し、輸入原料を一部でも使用しているワインは「国産ワイン」とは呼ばずに「輸入原料使用ワイン」とするなどの措置がとられるべきではないでしょうか。
また世界に目を向けても、主要なワイン生産国では自国以外のブドウを使用して造ったワインをその国のワインと呼ぶことはありません。一部EUではEU内の他国のワインをブレンドすることが許されてはいますが、その場合も「EU域内産」と表示できても国名は表示できません。ワインの生産地や地理的表示に対する考え方が「ブランド」に近いものであるため、生産者、消費者双方を保護する意味でも産地について厳格に取り組んでいるのです。最近は世界的な日本食ブームに合わせて、国産ワインをEUへ輸出しようという動きもありますが、外国産原料を使用したワインを「国産」とする産地表示はいずれ正されなくてはならないものと私は確信しています。
そもそも、「日本のワインはあまり美味しくない」と偏見のように思ってしまっていたのは、こうした国産ワインの現状が影を落としているのだと思います。ソムリエの勉強などをしていく中で日本はワイン用のブドウ栽培にあまり有利な気候条件にないことを知らされたうえ、輸入原料を使用しても国産ワインと呼んでもよいとする現状に良くない印象や疑問を持たざるを得なかったのです。そして、かつて実際に口にしていた国産ブドウ100%のワインは、薄く感じるものばかりだったのですからなおさらです。
こうした偏見、誤解をこれ以上広げないためにもこれからは、ワイン用ブドウ栽培に不利な気候条件ながらも生産者の方たちが国産ブドウ100%ワインの品質を向上させてきたことを声高にうたい、国産ブドウ100%ワインだけを国産ワインと呼んで輸入原料使用ワインと区別していくといった取り組みが必要なのではないでしょうか。
次回もまだまだ他にもある国産ワインの誤解について取り上げていきたいと思います。
今年1年、私のつたない文章をお読みくださり本当にありがとうございました。来年も多くの方にワインの楽しさをお伝えできるよう精進してまいりますので、何卒宜しくお願いいたします。
筆者自己紹介
ペンネーム:You
プロフィール:フランス料理店にて修業の後、最近まで都内大規模エンターテインメント施設にてチーフ・ソムリエをつとめました。
過去の国際サミットでは、その晩餐会でサービスされたワインが話題となりましたが、2000年の沖縄サミットで使用されたココ・ファーム・ワイナリー(栃木県足利市)のスパークリングワイン「NOVO」は、国産ワインのひとつの金字塔だと思っています。国内産リースリングリオン種(日本国内での交配品種)100%を使用し、シャンパーニュと同じ瓶内2次発酵でつくられています。限定生産品でさすがに私が口にしたのは沖縄サミットのときと同じヴィンテージではありませんでしたが、貴重な体験をさせていただきました。軽やかな味わいで価格的にはシャンパーニュ並みであるため、正直なところ決してコストパフォーマンスが良いとはいえませんが、果実味は豊かで、手間ひまのかかる瓶内2次発酵による泡立ちはきめ細かく、品質的に「ついに日本でも国産ブドウからこんなに美味しいスパークリングワインが造れるようになったのか」と感慨深く思ったものです。
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