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外食業にも役立つ【よその産業】の知恵 第7回 日本とスイスの腕時計産業 ―― 抜きつ抜かれつのマッチレース

  • 2009年11月25日 11:12
  • 投稿者: アクシュニュース

  執筆 経営評論家・藤原大輝

 

■第7回

 

日本とスイスの腕時計産業 ―― 抜きつ抜かれつのマッチレース

 

腕時計と言えばスイス製という時代が長く続いた。戦前や戦後でも高度成長期を担った紳士達の間では、オメガなどスイス製の"舶来"腕時計をするのがステータスだった。その後、クウォーツ式の腕時計の登場により、流れは一気に日本製が世界を席捲するようになったのも御承知のとおり。ところが、日本の天下は長く続かない。スイス製の「ブランド化」の作戦がまんまと大当りして、1個数百万円の超高級腕時計で再びスイス製が天下を奪還した。外食産業はここから何を学べばよいのだろうか? 

 

 

 もともと、機械式の腕時計の生産は16世紀のドイツ南部に起源があり、17世紀フランスで個人装飾品としての頂点を極め、18世紀イギリスで新式のゼンマイの発明があって精度が向上し、互換部品による大量生産体制をアメリカが確立したものを、今度はスイスが導入してスイスが長く世界の中心国として君臨するようになった。(以上、新宅純二郎『日本企業の競争戦略』〔1994年、有斐閣〕より要旨抜粋。ちなみに著者は経営戦略論専攻の新進気鋭の経営学者)

 

 ここで、日本製が世界市場を席捲するようになった経緯は、欧米先進国に比べて低廉な労賃を背景にした低価格戦略――という、従来ありがちな単純なものではない。

 確かに労働コストは比較すれば安かったのは事実だが、主要な要因は、桁違いの精度という技術革新であった。

 機械式では、どのように精度を上げても1日あたりの測定誤差は1030秒だったが、クウォーツ式では0.010.5秒になった。(新宅、前掲書) これでは、正確さという時計本来の機能面では機械式は全く太刀打ちできない。

 時間を測るという伝統的な道具に、これほど明確な機能差が突然出現したのも人類の歴史上で稀有なことであるから、経営戦略の教科書では好んで採り上げられる題材となっている。

 精度が劇的に向上しただけではなく、部品点数もおよそ半減したから、手間数自体が大幅に減ったことも、販売価格に反映した。

 かくして、「高価なのに時間が狂う」スイス製から「ぴったり正確なのに安い」日本製が世界市場を独占していったのは、当然と言えば当然だった。

 昭和時代末期から平成初期に書かれた経営学の教科書を読むと、ここで終っているから、今から読むと面白い。

 そのあとに、スイス製によるどんでん返しが起こることは、どこにも予言されていないからだ。経営学者は、事実の後追いで理論を構築するのが仕事であって、未来を予言することを生業としているわけではないから、これは酷なメッセージかもしれないが。

 仮に、「いまは日本製が市場を席捲しているが、今後はスイスのメーカーも更に精度を向上させる新技術で逆襲に出るかもしれない」などと、同一ライン上の戦いを予測することなら簡単であろう。

 しかし、竹槍で戦っているところへ原爆を落すような、大革命は学者には想定できないことだ。

 

 スイスが採った戦略は、技術ではなくブランド化という、まったく違った方途だった。

 相手の得意技を避け、競争のルールを勝手に変更して自己に有利な種目に強引に持っていくのは、勝ち戦の常套手段である。

 かくて、日本は世界中のクウォーツ式腕時計の心臓部であるムーブメントを生産し、主要な欧州時計メーカーに大量に輸出した。レッテルは欧州有名ブランドであっても、中に入っているムーブメントは日本製という時代も長く続いた。

 そこでも、日本が制覇したかに見えた。

 ところが、ムーブメントは大量生産のお蔭で、1ケ当り100円程度にまで価格が低落していた。

 日本は完成品でも市場を制覇し、心臓部品でも世界一の供給国となり、向うところ敵なしと見えた。

 しかし、スイス製のブランド化の効果はじわじわと効いて来た。

 欧州コンプレックスのあるアメリカ人が、例によって借金まみれの旺盛な消費欲をむき出しにしてスイス製腕時計に飛びついた。

 これを見たスイス人は、果敢にM&Aを繰り出して、老舗ブランドを大企業グループに吸収して行き、伝統的銘柄に近代的製造技術と最新のマーケティングテクニックを融合させた。廃業同然で埃をかぶっていた昔の時計ブランドを相次いで発掘しては、巧みなブランドストーリーでお化粧して表舞台に引っ張り出した。

 これに、元来からして舶来コンプレックスのDNAを持つ日本人が一斉に群がった。

 マニアから見栄っ張りまでさまざまな人種が、1個数十万円の時計を集めだした。平成のITバブル、その後の第2次土地バブルの頃には、1個数百万円もするような時計が普通に売れていくブームになった。

 

 これでどうなったか?

 腕時計(完成品)における日本メーカーの世界シェアは約60%になっている。これだけ見ると、まだまだ日本製が世界のトップに君臨しているように思える。事実、年間8000万個も生産しているのだ。 

しかし、これは数量ベースでの数値であって、販売価格ベースで見ると、日本製のシェアは僅かに10%。販売価格による統計ではスイス製が世界の70%を占めているのだ。

これを部品で見ると、心臓部であるムーブメントのメーカー別の生産数量では、1位はセイコーで37%、2位はシチズンで30%。さらに、この2社と、オリエント、カシオを加えた日本の4社で年間68000万個のムーブメントを生産しているのではあるが、最近の傾向では、クォーツ式は前年比20%程度の減少で、逆に機械式は11%のアップとなっており、機械式への回帰現象が出現している。

 成熟化が進行すると、単に機能だけでは計れない無形の付加価値が重要視されてくる証である。

ブランド品には、欧州の貴族の存在が大きい。

周知のように、フランスでもドイツでもイタリアでも、貴族出身者はいまもって誰でもわかるように名乗っている。平民とは講読する新聞も違うと言われているから、一億総中流に慣れてしまった日本とは明らかに違う社会構造だ。

日本人はじめ世界中の富裕層が、押しなべて欧州製を欲しがるのは、自動車でいえばベンツやBMW、ポルシェが第一選択肢になることを見てもよくわかる。日本製はといえば、機能優先の工業製品を欲しがる者は世界中にいても、実用品ではない部分の付加価値を欲しがる者はいない。

ここに、欧州各地の貴族の需要に対して供給してきた職人層を出発点とする欧州製造業のもつ「基礎市場の差」がボディーブローのように効いて来ているのが、腕徒計の彼我の差だといえる。

 

商売は競争だ。だから競争に勝とうとして、釈迦力になるのは結構なことだ。

しかし、いま熾烈に戦っているこの勝負を勝った後の絵を描けているのか?というポイントが重要になる。

要するに、この勝負に勝って何を得ようとしているのか?が勝負の途中経過の段階で明確になっているのかどうか。「馬鹿なことを言うな、いまは戦っている最中で、そんなことを考えている場合じゃない」というのが多くの戦士の心境かもしれない。

戦士はそれでも仕方ない。しかし、将軍がそれでは多数の戦士の犬死を招く。

勝っても何も残らないのが消耗戦の特徴であり共通点だ。古今東西普遍の真理と言える。戦の後に、全ての体力を疲弊し尽してしまうと、生命が危うい。勝ったというタイトルすら、するっと逃げていくという残酷な末路が待っている。

 

目の前の勝負だけではない、未来のゴールは何なのか? 

自社が実現したい価値は何なのか?

自社考える「食文化の普及」なのか、はたまた「従業員の幸福」なのか。

1個100円の日本製ムーブメントを内蔵したスイス製腕時計が1個数百万円で売られている事実を他山の石として、「戦いの軸」を再度自問してみる必要があるかもしれない。
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