外食業にも役立つ【よその産業】の知恵 第5回 大丸デパートに学ぶワインの売り方
- 2009年10月26日 11:46
執筆 経営評論家・藤原大輝
■第5回 大丸デパートに学ぶワインの売り方
ユニクロなどの「ファストファッション」に押されて苦戦中の百貨店。しかし、ワイン販売となると話は別。外食をしなくなった「巣ごもり消費者」がいま、デパートのワイン売り場に押し寄せている。
異業種から学ぶ本シリーズ、今回はデパートである。
え? 首をかしげる読者も多いだろう。何しろ、デパートはいまや構造不況業種の筆頭格である。
名だたる百貨店は統合に次ぐ統合。いまやメガバンクと同様に、あっちもこっちも統合して「Jフロントリテイリング」とか「H2O(エイチツーオー)」とか「ミレニアムリテイリング」とか、持株会社の名前だけ聞いても、どこのデパートなのかさっぱり見当も付かない状態。(ちなみに、Jフロントは「大丸」+「松坂屋」、H2Oは「阪神」+「阪急」+「高島屋(予定)」、ミレニアムは「西武」+「そごう」+「ロビンソン」だが今年8月に持株会社と事業会社が合併して現商号は「株式会社そごう・西武」)
そのうえ、商売敵(がたき)のユニクロに敗れるや、老舗百貨店が一等地の自社店舗にユニクロを迎え入れるというのだから、小売業の頂点もここまで落ちぶれたかと、高度成長期の全盛期を知る者には涙なくして見て居れぬ惨状。
だから、デパートに学べと言われても素直になれないのはよくわかる。
だがしかし、百聞は一見に如かず。いますぐ東京駅の大丸に行くことを奨めたい。「第76回 世界の酒とチーズフェスティバル」が10月27日(火曜日)まで開かれている。
このメルマガが配信されるのが10月26日(月曜日)だから、今すぐ行けば間に合う。(これが宣伝ではないことは、以下を読んで頂ければわかるはずだ)
いまや酒を飲むのは女性が中心だということくらいは、誰でもわかっていること。そんなことは、耳にタコができている。
しかし、現場を目撃すると、それが単なるお題目ではないことがわかる。
先日も銀座のコリドー街でびっくりした。
「男性ドリンク半額」と黒板に書いてある。女性中心のカフェとか、小奇麗な店ではない。れっきとした大衆居酒屋である。女性半額ではない。男性半額だ。
放っておくと、女性客ばかりになってしまい、客単価が上がらないのだ。だから半額にしてでも男に来て欲しい。それなのに、女しか来てくれない、ベタな居酒屋に!
こういう看板を目撃することが、自己の凝り固まった"経験"なるものを払拭するには必要だ。
さて、大丸は知る人ぞ知るワイン販売の穴場である。
百貨店のワイン売り場と言えば、渋谷の奥にある東急百貨店本店と新宿伊勢丹というのが2大名所として著名だが、実は大丸東京店・大阪梅田店も独特の異彩を放っている。
ここには、女性の名物バイヤーがいる。バイヤーだから普段表には出ていない。長らく八重洲という東京のど真ん中で商売をしてきたからこそ蓄積できた、丸の内のOLとそれを取り巻く老若男女というまったくユニークな顧客分類と、それに準拠したデータ分析によって、他の何処にもない極めて独創的なマーケティングノウハウが構築されている。
その集大成が、年に2回開催されるワインフェアだ。
筆者も10月23日の金曜日に出向いたが、これは凄いことになっている。
満員電車の押しくら饅頭とはこのことかとわかる。
かつて高度成長期のバーゲン会場といえば、昔のサザエさんの漫画によく出てきたが、デフレが恒常化した現代では、バーゲン会場とてデパートそれ自体が消費者に見放されてしまい、いまやヘネスアンドモーリッツ(H&M)、ザラ(ZARA)といった外資のファストファッション、民族系ではいわずと知れたユニクロとしまむら、いづれにしても定価からして百貨店のバーゲン価格の半額以下ときているから、百貨店が逆立ちしてバーゲンをやっても閑古鳥なのはむべなるかな。
こんな時代に百貨店最上階の催事場という懐かしい響きが、新築高層ビル内にリニューアルオープンした大丸東京店に未だに動態保存されていたのは奇跡に近い。百貨店の経営幹部の過去の成功への撞着がアンモナイト級の化石の保存を可能にしたと思えば、あながち成功の失敗もそんなに非難されるべきことかと妙な同情。
さてさて、10階の催事場。何がびっくりって、「何だ?この熱気は!」というムンムンたる生暖かい温度と、アルコールと唾液の混ざり合った妙な臭気が鼻をつく。
女性が押し合いへしあい、衣料品を奪い合う、前列のお客の肩越しから後ろのお客が手を伸ばして品物に喰らい付く。
こんな光景が、この消費氷河期に展開しているとは!
しかも、ワイン。つまりアルコール飲料である。来場客の3分の2から4分の3が女性だ。年齢層でいうと、30代が大半だ。いわゆるアラサー。
おっかなびっくり試飲しているなどという半端なものではない。
自ら進んで試飲コップを差し出して、ごくごくやっている。
試飲した反応といえば、ありがちな「オイシー」などと生優しいものではない。「うまい!」「いける!」などといかにも「呑ん兵衛オヤジ」のコメントがあちこちで響いている。無論女性の発言だ。
試飲させるのは、取引のあるワイン輸入業者(インポーター)の社員たち。
観察していると、人気があるのは、デパートにありがちな中年の女性派遣社員ではなく、草食系男子、若い女子、そして何故か熟年男性の販売員をアラサー女性が取り囲む。
見ると、デパートの催事場お決まりの透明ビニールの大きな手提げ袋をお客たちが奪い合っている。衣料品のバーゲン会場ではこんな袋は有り余って放置されているのが常だが、このワイン販売会では、買い物袋が品切れになる盛況ぶり。
別の百貨店のバイヤーの話では、ワイン1本あたりの買い上げ単価が最近はリーマンショック前に比べて約1千円上昇しているという。まさに巣ごもり消費ここに極まれりである。
いかに飲食店のワインが高いかということを、消費者に見透かされているのだ。
店に行かないと決めた消費者は、飲まなくなったのではない。何のことはない。家で飲んでいる。しかも、高いワインを!
店で飲んだら小売価格の3倍も請求されることは、いまや誰でも知っている。それだけではない。小売価格の3倍ということは、飲食店の仕入れ価格の4~5倍を払わされているかもしれない、と疑心暗鬼になっているのだ。(仮に事実ではなくても、そう思い込んでいる)
楽天市場で価格順による検索をかければ、誰でもどんなワインでも実勢価格が瞬時にわかる時代。ワインの市場価格などいまや料飲業者だけの専売特許でもなんでもない。
経済学で言うところの「情報の非対称性」という専門用語がある。
要するに、売り手だけが占有していて買い手には伝わっていない情報があって、それが売り手の価格決定力の源泉であるという理屈なのだが、これはその商品に関する情報が売り手側にしか存在せず、買い手は情報不足のまま購買決定をなさざるを得ないという20世紀までの世界を描写した理論であった。
いまやインターネットの商店街でも価格比較サイトでも、あらゆる商品について時価が瞬時に誰でもわかってしまう時代。
そのことを一番わかっていないのが、飲食業のドリンク価格を決定する立場にある責任者ではないか? 原価率・粗利率の達成も結構だが、その方程式は、お客が酒の原価を知らなかった20世紀のものだ。「情報の非対称性」が崩壊した21世紀には、ドリンク価格の設定には方程式の根本的な組直しが不可欠だ。
話を大丸に戻す。
ベテランの名物バイヤーは、お客をどのようにとらえているか?
単に性別や年齢層などというありきたりの区別でない。「ワインの消費」というシーンに着目して対象層の絶妙な細分化に成功しているからこそ、来場した女性客の誰もが「自分のためのバーゲンだ」とバーチャルな納得、ビューティフルな幻想に酔いしれているのだ。
嗚呼!
この陶酔感にバーゲン会場全体が包まれいている。
27日の火曜日まで開催しているから、是非行ってみて欲しい。特に18時以降のOLの退社時間帯の狂乱を体感することをお勧めする。
そうすれば、自分の店のドリンクメニューが、如何に「女性の呑ん兵衛」を看過してきたかと自己嫌悪に陥ること請け合いである。これを逃すと、次回は来春となる。
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