外食業にも役立つ【よその産業】の知恵 第4回 生産工学に学ぶ失敗の予測と防止法
- 2009年10月13日 11:54
執筆 経営評論家・藤原大輝
■第4回 生産工学に学ぶ失敗の予測と防止法
飲食業は、現場の商売である。
どんな事業でも現場が大切ではあるのだが、飲食業ほど現場の巧拙がリアルタイムで収益性に現れる産業も少ない。
現場力を高めるための書籍は幾多出版されているから、ここでその領域に立ち入ることはしない。
しかし、類書の大半が看過しているポイントがあることは指摘しておきたい。
それは、「いかに失敗を減らすか、いかに失敗を未然に防止するか」という視点である。
人間のやることであるから、失敗は不可避である、などとよく言われる。そうして、要はその失敗から学ぶことが重要だなどと付言される。
しかし、そのような論者に限って、では、失敗から学ぶというのは一体どういうことなのかということについては、まったく触れられずに文章が終わってしまうのだ。
ひるがえって本書である。「まえがき」で著者が自己紹介から書き始めているので、それを引用しておこう。
「筆者は東京大学工学部の研究者で、専門は生産技術である。もともとは企業のエンジニアとして働いていたが、15年前に転職し、講座の教授であった畑村洋太郎先生と一緒に生産装置の設計を学生や企業の若手に教えてきた。このとき、失敗例を用いて教育すると知識が脳にしっかりと刷り込まれ、成功事例を用いるときよりも効果的であることに気づいた。」
その後、評論家の立花隆がテレビで「東大で失敗学を研究している」と報じてから世間の注目を集めるようになり、畑村教授は2005年12月に発生したJR東日本・羽越線の特急列車脱線転覆事故がJRのミスによる事故ではなく突然発生した竜巻による天災だったことをNHK番組で立証するなど、定年退官後に売れっ子になっていった。
畑村教授のお弟子さんだった著者の中尾政之教授も、その後『失敗百選』などの著作を次々に出して失敗学の権威の仲間入りを果たす。
同書では、タイタニック号の沈没やチェルノブイリ原発事故などの歴史的大惨事から日本国内の企業の不祥事に至るまであらゆる失敗を徹底的に精査した結果、人間の起こす失敗を41のパターンに分類できることがわかったという。
ここが、エンジニア出身の第一級の学者らしいところである。
経営評論家などのいい加減な肩書を標榜する筆者の手にかかると(勿論、今この原稿を書いている評者も含めてのことだが)、「あらゆる失敗は5つのパターンに集約できる」などと聴衆の耳目を集めやすい整理の仕方をすぐにしてしまう。
まちがっても、「41のパターンを発見した」などといわない。41というのは、凄いことだ。まとめたい衝動に抗して40以上も分類を残しただけでなく、41という半端な数を使うところに自然科学の専門家としての矜持を見る。
さて、本書は新書版であって技術者ではなく一般の読者を想定して書かれているから、表現も平易で理解しやすい配慮がなされている。とはいえ、学者らしい厳密さは失っていないので、過度に一般化したり論理が飛躍したりすることがなく、安心して読み進めることが出来る。
製造業の現場(つまり工場)や発電所における事故などの専門的な事例も多いので、一見すると飲食業には余り関係のない事例も多いように思ってしまう。
ところが、その41の失敗のパターンを1つ1つみていくと、意外にもエンジニアの世界と飲食業の現場では共通点が多いことに驚かされる。
41のパターンを12にまとめた「中分類」をみると明らかだ。
1.材料の破壊(③腐食)、2.構造の倒壊、3.構造の振動、4.想定外の外力(⑫衝撃、⑬強風)、5.想定外の制約(⑮特殊使用、⑯落下物・付着物、⑰逆流、⑱塵埃・動物、⑲誤差蓄積)、6.火災・天災(⑳油脂引火)、7.連鎖反応で拡大((26)細菌繁殖)、8.冗長系の非作動、9.作業で手を抜く、10.設計で気を抜く、11.個人や組織の怠慢((36)コミュニケーション不足、(37)安全装置解除)、12.悪意の産物((38)違法行為、(40)倫理問題)などだ。
ここで、○で囲んだ数字が41のパターンとして著者によって命名された失敗原因だ。まさに飲食業の現場でもそのまま通用する内容ではないか。
このように、飲食業で起こりそうな失敗は既に失敗学の専門家によってその発生メカニズムの究明からどのようにしたら未然に防止できるかが十分に研究されているのだ。
こうした先人の努力を使わないのはもったいない。
興味ある方の一読をお勧めしたい。中尾政之(2007):失敗は予測できる(光文社新書、700円)
最後に、上記の中分類では11番目に当る「個人や組織の怠慢」のなかの、「(36)コミュニケーション不足」について事例を紹介する。
1973年に熊本市で大洋デパート火災という事件があった。現場の人間が火災を発見したのに、消火器を使ってよいかどうか上司の許可が必要だったため、必要な許可を得るのに手間取っているうちに火の勢いが拡大したという信じられない事実だ。いま、こうして冷静に読んでいるから、"馬鹿げている。自分の店ではそんなことはありえない"と思うかもしれない。
しかし、この事件では、119番通報をしてよいか、館内に避難放送を流してよいか、すべて上長の許可を得ようとしていたため、手遅れとなって104名もの死者を出してしまった。
著者は言う。「上司に同意を求めてから動くことに慣れて来ると、何でも上に上げないと不安になる。」 読者の周りにも、「うちの会社(店)には、自分の意思で能動的に動く社員がいない!」といって嘆いている管理者が必ずいるはずである。(読者自身かもしれない)しかし、それは「ホウレンソウ」の美名の下に何でも自分に許可を求めさせて来たあなた自身のこれまでのやり方のつけが回ってきたともいえるのだ。
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