飲食店失敗の研究 第18回「市場の変化への対応を怠り、業暦の長いしゃぶしゃぶ専門店が閉店」
- 2009年4月27日 15:40
東京都心の歓楽街。さまざまな飲食店がひしめく一等地に、しゃぶしゃぶ専門店のA店がオープンしたのは、もう遠く30年近くもさかのぼる。
内装設備に大きな特徴があった。それまで、「しゃぶしゃぶ」は「すき焼き」と並んで、お座敷で提供される高級料理としてのイメージが強固だった。
そこへ、お座敷がなく、カウンター中心の設備にしたうえ、数名のお客で1つの鍋をつつくのが常識だったしゃぶしゃぶに、1人に1つの鍋を個別にしつらえた。
このアイデアはヒットした。
お座敷で仲居さんが作ってくれるしゃぶしゃぶは、美味しいけれども庶民には手が届かぬ高嶺の花だった。それが、カウンターと1人用鍋という発想の転換により、接客に要する人員が大きく削減され、半ばセルフ式であることから、高級店と同様の肉質でもお客には安い価格で提供することができた。
それ以降、永く繁盛を続けてきた。だが、10年ほど前から変調を見る。
大手飲食チェーン店が、しゃぶしゃぶ業態に相次いで参入してきたのだ。しかも、フランチャイズ方式なども導入し、しゃぶしゃぶ店の店舗数が大幅に増加して行った。価格も折からの不況に呼応する形で、食べ放題で2,980円などと、当時流行の"価格破壊"が進行した。
お座敷しゃぶしゃぶに対する価格破壊として出発したA店が、こんどはチェーン店の価格破壊に痛打を食らった格好だ。
それでも、「鍋をつつく」ことに抵抗のある外国人などを中心として、A店は根強いファンに支えられていたのも事実だったが、昨年秋のリーマンショックで常連の外国人客が姿を見せなくなっていく。
経営不振を何でもリーマンショックのせいにするのではない。A店が不振に陥った真相は、メニュー構成が1世代遅れていたからだ。
戦後型の外食行動は、お茶で語らう店、つまんで飲む店、食事中心の店、食後に飲む店などと、お客も業態を使い分けていた。「はしご」という言葉に象徴されるように、1晩で業態をいろいろ替えて飲み歩くことが行われていた。
昭和から平成になり、バブル経済が崩壊すると、特に若い世代を中心に外食行動は一変する。1軒の店で飲み、食べ、語らいが完結することが好まれた。「はしご」をしているのはオジサン達ばかりとなった。(その世代も、資金不足で「はしご」ができなくなった。)
A店のメニュー構成は、しかし繁盛を謳歌したバブル前から何ら変わることのないものだった。今となっては決して安くないしゃぶしゃぶのコースが中心で、単品でオーダーできるサイドディッシュも、ごく限られた数品が添え物のようにあるだけだ。ドリンクメニューにしても、ワインや本格焼酎を多数品揃えしてお客を飽きさせないという、
今の流れからは程遠い。
このように時代のニーズから離れていたために、業績は長期低落傾向にあったのだが、その低落が余りにも緩やかであったため、大きな改善のきっかけをつかめないまま、ずるずるとひきずってしまったのが災いした。
この連載は、すべて実話を基に構成しています。(杭杉能美子)
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